〜森のような芸術工房〜

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長期にわたりこのブログを更新しておらず、
誠に恐縮であります・・・

このブログと平行して、
mixi(ミクシィ)というSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)
http://mixi.jp/
を利用しております

これは、完全招待制、登録制のブログ的なサイトで、
マイミクシィ、メッセージ、コミュニティ、お気に入り、足跡、お互いの最新日記の表示、最終ログイン時間の表示、レビュー、アルバムetc.
いくつかの機能がついております

注目すべき点は、
まず、コミュニケーションを密にとることがスムーズにできる点です
topページを開くだけで相手の動きが即座にわかり、
自分の動きも相手にすぐ知らせることができる

そして、コミュニティを駆使することで、
知らない方々と知り合い、
不特定多数の人と同じ動きをとり、
仲間を容易に増やすことができる点です

足跡機能、最終ログイン時間の表示なども、
有用な機能のひとつです
いつ、誰が訪問したか、
いまログインしているか、
最後のログインからどのくらい経っているか、
などがわかります

紹介制、登録制で、拒絶したい相手には制限をかけることができる、
というのも大きいところです


通常のブログの有用性がまだつかめておりませんで、
このmixiを活用した方が今後の動きを深め広げやすいのではないか、そのように考えております

また改めて、どのような形にするかお知らせしたいと思いますので、
どうぞよろしくお願いいたします

アトリエ・フォレスト
後藤
『人とつながりをもつこと』

これはとても癒し効果があります。
私が実生活で最近非常に感じることです。

仕事柄、毎日いろんな人と接することが多いのですが、
その度に自分は開放され、元氣になって帰ってくるのです。
人と会うことが楽しくて仕方がない、といったところでして。

間違いなく、『癒されている』
そして、自分が『活性化する』『刺激を受ける』

人とのつながり(合氣)のすごさを感じます。
人と接することは、『自然』とつながっているのだと、実感します。
今夜は浅草にある民謡酒場 浅草 追分に行きました。

oiwake



三味線が生で聴ける、ということで訪れたのですが、予想以上の大迫力!でした。数日、この余韻に浸りそうです。

中でも、第八回津軽三味線コンクール全国大会 一般の部優勝・準優勝のワンツーフィニッシュを飾った阿部兄弟!若き獅子たち。
彼らの音色はやはり一味も二味も違いました。
そして、兄弟ならではのあ・うんの呼吸。
絶妙以外のなにものでもない魂の息吹に、しばし言葉を忘れてしまいました。

一見の価値あり!いや、何度も訪れたい、素敵な和のライブ感溢れる場でした。
ぜひ足をお運びになってみてください!

本当にお勧めです!
4人や5人、あるいは10人、またはそれ以上と、複数の人数で演ずることの多い「演劇」。
私も、二人芝居をつくったことがあるものの、一人だけで演じる舞台をつくったことは長年ありませんでした。

ちょうど3年前です、一人芝居と出合ったのは。

初めて生で一人芝居を観たとき、「ふむ、一人芝居というのも面白そうだな」、というのが感想でした。
その時はまだ大きな衝撃はありませんでした。
その年、ひょんなことがきっかけで私が一人芝居を演出することになりました。
コメディをつくりたい、という話だったので、コメディ好きの私としては願ったりかなったり、と、楽しんで演出しました。

『一人芝居は、当然、役者一人で演ずる・・・
ということは・・・舞台上に一人しかいない・・・が、一人の世界をしっかりと広がりある形で見せる、またはまわりの環境や風景、まわりにいる人や目の前の相手などを一人でしっかりと見せるべき・・・それがきっと面白いはず、凄味を感じられるはず・・・
そこで、一人で世界のすべてをつくりあげるからといって、説明的になってしまっては台無しになる・・・』


そんなことが頭に浮かびました。

そこで、

『あ!一人芝居というのはもしかして、一人だからこそとても大きい世界を描けるんじゃないのか!?相手役がいないから逆に自由に演じられるんじゃないのか!?そんなことを一人でやってしまうから面白いんじゃないのか!?』

そう氣づいたのです。

以来、一人芝居の「一人」という部分は、基本的にひらがなで表記し、 「ひとり芝居」と書くようになりました。
漢字の「一人」よりひらがなの「ひとり」の方が、視覚的効果として「広がり」を感じられる氣がするのです。


三年で随分ひとり芝居をつくりました。

つくればつくるほど、「一人でこんなにダイナミックな世界を生み出せるひとり芝居は、本当に面白い!」と実感します。

事実、観客の視線は一人の役者に集まり、観客とつながりをもてて一体となったとき、世界は一氣に広がっていくのです。その中で生き生きと演じ、ありありと表現できたとき、計り知れない調和(ハーモニー)が生まれます。演じる者も、観ている者も、「ハモっている」ような、「共鳴している」ような感動、感激、快感を覚えます。

そんなひとり芝居を、これからもどんどんつくり、広めて、一人でも多くの方々に楽しんでいただきたいと思うのです。


アトリエ・フォレストでは、このような素敵なひとり芝居のライブを定期的に開催しております。観にきていただいたお客様に投票していただき賞を決めるひとり芝居コンテストもございます。

詳細はアトリエ・フォレスト公式サイトにて。
喜怒哀楽ということばがありますが、役者から『「喜」「楽」の違いがよくわからない、しっくりこない』という声を聞くことが度々あります。

果たして同じなのでしょうか、それとも違うのでしょうか?
今日は「喜」と「楽」について考えてみたいと思います。


まず、「喜」という文字。
これは、容器に食べ物を盛って、それを口にして食べる様子が形になった文字です。

この成り立ちから考えると、「喜び」は、
「欲求や心が満たされたときに感じる感情」を指すもの、と言えます。何かよい事があったときにも喜びを感じますが、これも、心が満たされる・高揚するから、に他なりません。
「あなたは何に喜びを感じますか?」という質問をされたとき、きっと、「自分が満たされるのはどんな場合か」を考えるのではないでしょうか。

ここが大切なポイントです。
喜びのシーンを演ずるとき、この「心の充足感・達成感・幸福感」をもって演じれば、自ずと喜びが溢れてきます。
喜びが「生まれる」のです。



次に、「楽」という文字。
これは、元々は枝の先に山繭のついた、まるい実のなる櫟(クヌギ)の木を表しています。
木を使った樂器の音で神を楽しませる、平たく言えばそのようなことが源になっているようです。
また、漢語で「楽(ガク)」は「謔](ふざける)や「嗷」(大胆にうそぶく)などと発音が似ているため、楽しむという概念に当てられるようになった、とも言われています。
「楽」は、音楽と密接な関係にあります。

たとえば、皆さんが「ふんふん♪ふふ〜ん♪」と、鼻歌を軽快に歌って過ごしているとしましょう。
そんなところに家族や友人が出くわしたら、
「あれ?何だか機嫌がいいねえ!」
「随分楽しそうだねえ!」
と言ってくる情景が浮かびます。
これは、「音」を「楽しんで」いるからなんですね。何とも理にかなった現象です。

音楽には「リズム」「メロディ」「ハーモニー」という三大要素がありますが、それらに乗っているかのような状態、そのような明るく愉快な氣分が「楽」にはあります。

これがポントです。
心が満ち足りて明るく愉快な氣分、快さなどに乗っている状態、それをもって演じれば、自ずと楽しくなってしまいます。


「喜」と「楽」、この二つは確かに近いものがあります。
「心が満たされる」という部分、「明るさ」をもっている部分etc.共通しています。陰と陽でいえば、どちらも「陽」の感情です。

演じる上で違いや差を出すためには、柱をどこに置くかで決まります。

「喜」では、「心を満たすものとのつながり具合」にかかっています。
心の充足感、達成感、幸福感、その根源との結びつきが大切です。
ですから、その根源が何か、という選択にもとても左右されます。

「楽」では、「明るい快い氣分、状態とのつながり具合」です。
リズム・メロディ・ハーモニーに乗っているかのようなものが生まれたらしめたものです。音楽的なノリを生かすのもよい方法でしょう。


このように、「楽」は心が満たされているときの音楽的ノリがつかめれば、比較的表現しやすく維持しやすいもののようです。
反対に「喜」は、その根源自体とのつながりにとても左右されるので、「楽」よりつかみにくい、という役者さんが結構いらっしゃいます。

しっかりと違いを把握した上で演じることができたなら、芯がしっかりとして、きっと観客の心に残る演技となることでしょう。


アトリエ・フォレストで開講している演技レッスン「アクターズ・フォレスト」では、演じる上での大切なポイントを見極め、その柱としっかりとつながり維持して表現する練習を行っています。
詳細はアトリエ・フォレスト公式サイトにて。